君は自分の価値をもっと理解した方がいい 2
有効な武器はファフナー、マークエルフ一つ。
防衛手段に圧倒的に欠ける島は、
次なるファフナーを完成させようと、作業を急ピッチで進めていた。
先の作戦の失敗により、島は新国連にファフナーの譲渡を迫られ、
完成間近だったマークゼクスはその引渡しが決まっている。
使えそうなパイロットは春日井甲洋か、要咲良。
その二人に合わせるのなら、次の機体はマークフィアかマークドライのどちらかになるだろう。
整備班との打ち合わせが続き、ようやく部屋に戻れたのは日付が変わる境目を過ぎた頃だった。
「総士……」
扉の前で座り込んで待つ様は、まるで犬のようであった。
彼がどうやって自分の部屋の位置を知ったのかは疑問だったが、
どうせあの、息子に甘い父親が教えたのだろう。
一騎を生き残らせたい史彦と、一騎を戦場へ送り出したい総士は、
奇妙なことから利害の一致を見た。
二人に共通した当面の問題は、一騎の反抗的態度の改善ということになる。
そのために息子に対して男を宛がおうという彼の気が知れないが、
これも目的のためだ。
早くしろと急かされているのなら、望むところだと答えよう。
「反省室から出てきたばかり、か。
これで命令無視なんて懲りただろう」
「……話がある」
低い位置から見上げる一騎の、暗い熱の籠もった瞳は、 自分が彼を庇ったときに見せた憎々しげな色をまだ残していた。
「一騎の話なんて高が知れているが、まぁいい。 僕の方にも話があるから、部屋に入れ」
彼の思惑通りになる気などさらさらない。 犬は犬でも忠犬どころか、とんだ駄犬だ。 手を噛まれる前に、どちらが優位なのかしっかりと刻み付けねばらない。
「総士が俺に……?」
「何だ、おかしいか?」
コードを解除して、部屋の中に入り込んだ。
制服のネクタイを外し、椅子の背にかける。
ベッドに腰を降ろし、隣にある一人分の余白を軽く手で示して見せた。
彼は警戒してすぐにその場所に納まることはなく、
僕の顔を真正面から見ることのできる位置を選んだようだった。
「いや、別にいいけど……。それで総士の話って何なんだ?」
「お前に一つ確認しておきたいことがある」
「確認しておきたいこと……?」
「お前は僕を守りたいと言った。
その言葉自体は信じてやってもいいと思っている。
ただ僕は見返りのない愛情なんて信用しない。
一騎は僕に何を期待している?」
覗き込む。
見上げているからとか見下ろしているからとか、
そんなことで優劣は決まらない。
立っていようと座っていようと、一騎は犬だ。
ただ飼い主の命令を待っている犬、それ以上でもそれ以下でもないが、
きちんということを聞くというのなら、ご褒美を上げないこともない。
「な……っ、見返りなんて」
「まどろっこしい言い方は好みじゃないし、言い訳も聞きたくない。
もっと直接的に尋ねようか。一騎は僕の身体と心、一体どっちを望んでいるんだ?」
「……ただ好きだからって言っても信じられないのか?」
彼の顔が失望に染まる。
けれど自分の矜持はそんなもので癒されるほど、甘いものではなかった。
彼の父親が望む未来は、一騎が総士を踏み台にして生き残った果てに、
遠見の手を取ることにある。
それは総士の望む未来と結果だけ見れば変わらないが、全く別のものでしかない。
彼を戦わせる。
そのために遠見を守れと言ったのだ。
それは一つの手段であり、決して結果だけを指すものではない。
自分が捨てられるだなんて冗談じゃなかった。
「じゃあ、一騎の気持ちはそれを伝えて、相手を守るだけで満たされるものなのか?」
「それ、は……」
言いよどむ。 堕ちるのなら、徹底的に戻れないところまで堕ちてくればいい。 遠見真矢は総士にとってストッパーだった。 一騎がいくら途中で迷おうと、結局真矢を選ぶというのであれば、それはそれでが我慢できた。 けれど一度でもこちらに堕ちてくるというのなら――、 選んで捨てるだなんて、そんなこと認めやしない。
「……身体と心、両方ほしい」
「ずいぶんと欲張りだな」
「総士が言えって言ったんだろ」
朱の差した頬、後ろめたさに一騎の目が泳いだ。
飼い主の様子を伺わないと何もできないくせに、
欲望に忠実なところは本当に犬みたいだった。
「お前のとばっちりで司令に呼び出しを食らったんだが、 司令に言われなくても僕にはなぜ一騎が、僕の命令に逆らうのかくらいわかっている。 システムで感情を共有しているからな」
冷たい暗い海――。
それは一騎の心象風景であり、
光の届かないその水底には、いくつもの感情が封をして沈められている。
一騎が意識していないもの、いらないと判断したもの、見たくなくて閉じ込めたもの。
それら全てがあの海には沈んでいる。
「……無条件に全てを知られるのは怖いか?」
「……別に」
始めてファフナーに乗ったときもそうだった。
全ての感情を押し殺すように、
彼は一変した日常も突如現れた侵略者も、別に何でもないことだと言ったのだ。
ファフナーの中以外で一騎が感情を露わにするのを、総士はここ数年見たことがない。
そうして感情を抑えていないと、何かが噴き出してきて手におえなくなるのではないか。
それに怯えるかのように、一騎はずっと自分自身を押し殺していた。
「僕がファフナーに乗れないのは、この左目のせいだ」
仄めかすだけで、はっきりと言ったことは一度もなかった。
一騎の肩が跳ね上がる。
瞬きを繰り返し、眼球は総士から視点を外そうと小刻みに揺れていた。
瞳の奥に宿る熱は断末魔の叫びに似ている。
殺し損ねた感情がそこに覗いていた。
「僕は罪悪感を利用して、お前をファフナーに乗せた。 そういうふうに言えば、お前が僕の頼みを断れないと知っていたからな」
その左目を傷つけたがために、一騎は総士に対して強く出られない。 だからいつも彼は総士の言葉を待っていた。 乗れといわれれば断ることなどできない。
「一騎の究極的な目標は僕の目になることだが、 お前はファフナーに乗れない僕の手足となることでその代わりにしたんだ。 だから本来なら、僕の望みの応えることがお前の望みでもある。 命令違反なんてするはずがない」
一騎が沈めたはずの感情を引き上げて、
総士はその眼前に晒して見せる。
彼が息を呑む音が聞こえた。
「新国連の連中を助けたり……、 まぁそれに関しては一騎はまだ全うな正義感を持ち合わせているからな。 皆それで納得しているがようだが、僕は本当のところを知っている。 お前は僕の気を引きたかった。 僕がファフナーをあまりにも大事にするから、 自分が単なるファフナーの付属品ではないと思い知らせたかった。 他のパイロット候補たちの訓練が始まって、 僕がそっちに時間を取られ始めたのも原因の一つだったな。 これでもまだ怖くないと言えるか……?」
自分のつまらない感情のために、総士の望みを踏みにじってしまうことは、 一騎にとってもっとも耐えられないことだった。 その感情は一騎が殺さずに残しておいた数少ない綺麗なものだったから、 決してそれをくだらないなんて思いはしない。 けれど一騎にとって総士の望みを叶えることは、 何にも増して優先されるべきことだったのだ。 それを突きつけられれば一騎が冷静でいられるはずなどない。
「俺は、……ずっとお前に謝れなかった。
顔も見れなくて、声を聞くだけでも怖かった。
弱くて卑怯で、醜くてちっぽけな人間だ。
……そんなこと、システムに繋がなくたって最初から知ってただろう!?
だから今更そんなことを恐れたりなんかしないっ」
「そうか」
「だからお前も……、今更そんなことで俺を幻滅したりなんかしないだろう……?」
それを知られてしまうよりも、 総士にがっかりされて見捨てられる方が、一騎にとってはずっと怖いことだった。
「ああ、そうだな。僕は最初からそれを知っていた。 ……本当に一騎は泣き虫だな」
指先で零れ落ちるものを拭ってやる。
「……総士に優しくされると調子が狂う」
手を振り払われた。
抗議するかのように顰められた眉を見て、作戦終了直後の一騎を思い出す。
一騎の命令違反を、自分のミスであるとしてとりなした総士に向けられた、
怒りの籠もった瞳。
その理由は次にクロッシングすればわかるだろうと踏んでいたが、
一騎の行動原理と思いを合わせて考えれば、簡単なことだったのだと気がつく。
ようやく小説を書く調子が戻ってきたかなぁという気がする。
本編ではまだ翔子が死んでないので、ファフナー至上主義的な総士の思想は出てないんですが、
小説版も微妙に混じってるし、パラレルワールド?
雰囲気だけ味わってもらえたらいいと思います。
これを書くに当たって、私って受けの言葉攻めが好きなんだなぁと、
自分の趣味に驚いてみたり……。
総士はたぶん、自分が一騎のことを好きなのに気付いていないと思います。
捨てられるかも、っていうのに過剰反応してるだけなので、
本人は自分のプライドの問題だと勘違いしてそう。