君は自分の価値をもっと理解した方がいい 1





照明の落とされた司令室で、 後ろにあるモニターだけが明るく光を投げかけている。
有事になれば戦局を映し出すそれは、 今は待機画面のまま『Alvis』という文字だけを表示している。 それを背にしてこちらを見遣る司令に、総士は皮肉っぽく告げた。

「命令無視に命令違反――。 本当に呼び出されるべきは一騎の方じゃないんですか?」

ここにはいないアルヴィス唯一のパイロット。
目の前に座する司令の息子でもある。

「……一騎にはさっき十分注意しておいた。 今は反省室入りだ。 非はもちろん命令を聞かない一騎にあるが、 どうも間接的にとはいえ君の態度にも原因があるようなのでね。 今回呼び出させてもらったわけだ……」

本来なら人類軍の偵察機を囮にして、フェストゥムを倒すはずだった。
囮なんて生易しいものではなく、 本当はフェストゥムが彼らを始末してくれるのを待っていたのだけれど、 結局指揮官である総士の命令に一騎は従わず、 島は新国連から無茶な要求を突きつけられる結果になった。 だが終わったことをとやかく言っても仕方がない。 作戦終了後、全ての責は自分にあると言い切った総士に、 一騎が向けた憎々しげな目は、時間が経った今でも鮮やかに思い出すことができた。

「君は自分の価値をもっと自覚した方がいい」
「自分の価値?  ……ミールの因子を持ち、唯一システムに乗れる人間。 ファフナー隊の戦闘指揮官。 それ以外に何かありますか?」

物心つくかどうかという頃から、そういうふうに育てられた総士は、 それ以外の価値観を知らなかった。 彼にとっての至上命題は島の存続であり、 それ以外は必要のないものである。

「島にとってのではなく、特定の誰かにとってのだ。 君は自分が誰かにとって戦う意味になりうるのだということを、 もっと自覚した方がいい。 システムで一騎と感情を共有している君の方が、 むしろ私よりも十分そのことを承知しているんじゃないのかね?」

この男は父の代わりにアルヴィスのトップの座に就いたのに、 まだそんな甘いことを言っているのかと、総士は呆れることしかできなかった。

「……僕はアルヴィス司令の呼び出しを受けてここに来ました。 あなたがそれを一騎の父親として言うなら、僕にそれを聞く義務はありません。 公私混同はやめていただけませんか」
「……公蔵以上の頑固者だな。 奴はもっと融通が利いたように思うが」
「さぁ? 身内には一番厳しい人でしたから。 僕はそれ以外の父を知りませんよ」

十歳になるかならないかの息子に、島の真実を語って聞かせ、 島のためにのみ生きろと厳命したような人なのだ。 総士の知る父は血の繋がった身内としてのそれではなく、公人としての人柄のみである。 だから父の代わりにその座に就いた史彦を見ていて思うのは、ただ甘いの一言に尽きた。

「……一騎個人を死なせたくはないというのが私の心だが、 アルヴィスとしてもあれだけコード形成数が高いパイロットを、 おいそれと失うわけにはいかないというのが本音だな。 特にCDCに勤務している者たちの子供に、パイロット候補が多い。 今一騎が使い物にならなくなれば、負担はそっくり彼らに行くことになるから、 ある意味これはCDCの総意ともいえる」
「パイロット一人にいちいち大袈裟ですね。 命令無視なんて反抗期の子供にはありがちなことだと思いますが」
「私たちはパイロットによって生かされているからな、そうも言ってられんさ……」

この島で作られたファフナーは、この島で生まれた特別製の子供たちにしか乗れない。
それに脳の成長過程を通り過ぎてしまった大人たちでは、 ファフナーの搭乗に必要なコードさえ、形成することができなかった。 子供たちを戦わせなければ、生き延びられない大人たち。 だが総士自身も人のことを馬鹿にはできない。

「あれは君のために戦いたいと言っているそうだな」
「僕は認めていませんが」

彼のその感情が何に根ざすものなのか、総士は知らない。
彼のそれは、同い年で同性の友人に向ける感情にしては、 行き過ぎのような気もしていたが、恋といったときめき、 愛といった柔らかさは持ち合わせていなかった。 少なくとも昼間見せられた眼差しは、苛立ちや憎しみに近いものであったのだから、 総士に一騎の胸のうちは量れなかった。

「なぜ一騎を遠ざけようとする?」
「じゃあ逆にお尋ねしますが……、なぜ僕と一騎をくっつけようとするんですか? 一騎には遠見がいるでしょう?」

自分のために戦いたいという一騎に、総士は遠見真矢を守れと言った。 彼女は身体自体は健康だし、シナジェティック・コードもきちんと形成されていたが、 別の問題があってファフナーには乗れなかった。 そもそも彼女はメモリージングの認識レベルが一向に上がらず、 フェストゥムや世界の現状に全く適応できていない。 ファフナーの操縦法はメモリージングで幼少時から叩き込まれ、意識的にではないにしろ、 基本は全員身体に覚えこまされている。 だが現実認識さえままならない彼女に、そういった行動が取れるとは誰も思っていなかった。 そのため資質はあるものの、訓練に参加するわけでもなく、 CDCで補佐の仕事を行っている。

「それが君の考える未来か……。 本人が嫌がっているものを無理強いしても仕方がないだろう」
「僕個人としては、一騎が羽佐間翔子を選ぼうと、 遠見真矢を選ぼうと別に構いません。 一騎が守りたいものを守ればいい。 ただ、遠見はファフナーに乗れないから……。 だったら彼女の方がふさわしいという、それだけのことです」

現実を受け入れず、平和だった頃の幻想に縋る少女。 自分とは真逆の人間だった。

「アルベリヒドの方でも、遺伝性の病を持っている羽佐間よりは、 遠見の方がまだ交配者として適していると見ているようですし」
「そういう打診は来ている」
「そうですか」
「一騎は君の差し金だと思っているようだがね」
「まさか。さすがにそこまではしませんよ」

自分の権力が及ぶのは、ファフナーや戦闘が関わる領域だけである。
子供たちのように守ってもらえるわけでも、 大人たちのように自分を守る力があるわけでもない。 総士は子供と大人の中間にある自分の無力さを理解していた。 だから力を求め、抗い続ける。 一度守られることに慣れてしまえば、自分はは戦えなくなってしまうだろう。

「周りの人間に彼らの姿がどういうふうに映っているか。 ……その結果じゃないですか?」
「近藤剣司に要咲良、真壁一騎に遠見真矢、か……」
「あと甲洋と羽佐間でまとまってくれれば、話は早いんですけどね」

パイロットは個人の性格的要素のほかに、遺伝的影響も強く受ける。

「死ぬことを前提に、子供を作れ。 今を生き抜くことで精一杯な彼らにはずいぶん酷な話だろう」
「でも彼らには時間がありませんから。 ファフナーに乗ることで起こる染色体異常……。 努力は形として報われた方がいい。 真壁紅音が死んだあと、 あなたが生きていられたのは一騎の存在があったからでしょう」

一騎の母親のことは、憶えていない。
同じ年に死んだという自分の母親にしても、それは変わらなかった。

「生命はただ失われるためにあるのではなく、 紡がれていくためにあるのだと、僕は思います。 遠見なら戦場に出られない分、死ぬ確率は低い。 そして守るべきものは、できるだけ汚れの少ないものがいい。 その方がより守ろうという気持ちになるし、 戦場でつらい思いをしてきた一騎にとっては癒しになるでしょう」
「君にとっての皆城乙姫がそうであるように?」
「ええ、僕は彼女と島を守ります」

人工子宮の中で眠り続ける、自分の妹を思う。
生まれて一度も自らの足で立ったこともない、 外の世界の穢れを知らぬ少女は、けれど島のミールを通し、 全てを把握しているのだろう。 彼女はこの世界を見て、一体何を思っているのか――。

「だが彼らはファフナーのパイロットである前に、 心を持った一人の人間だ。 こちらがどれだけ強要しようと、彼らは自分の守りたいと願うもののために戦う。 戦うという選択肢しかない以上、彼らが自発的にに選べるのはそれだけだからな。 そして君も――」

ファフナーに乗ることはできなくとも、総士は戦い続ける。 自分が戦場に出ることはできない代わりに、パイロットたちを戦場へ送り出し続けるのだ。

「君は皆城乙姫を、島を守るために、彼らを戦わせなければらない」
「僕にとってはファフナーもパイロットも、そのための道具の一つに過ぎません。 それなのに僕のために戦いたいという一騎がどうかしているんですよ」

自分は決して守られるような、綺麗な人間ではない。
そのうち一騎も、自分を戦場へ送り出す総士を恨むようになるだろう。 彼がいくら戦いたくないと泣き叫んでも、 彼を戦わせねばならない、そんな日がいつか来るのだ。 守るだなんて、絶対言えなくなる日が来る。

「だったら一騎の思いを利用すればいいだろう?  君は大人のように擦れた考え方をして見せるくせに、 妙なところでまだ潔癖だ。 君が一騎を道具だと思い、利用しようとするなら、 あれの望むように身体でも心でも与えてやれればいい。 そこから生まれる執着は、君と君の守りたいものを守るための剣になる」
「あなたは、……正気ですか?」

父に身体を与えることで、島の秘密を聞き出そうとした狩谷由紀恵の姿が浮かぶ。 自分が外の世界に視察に出ている間に、 家に上がり込んで父を篭絡した汚らわしい女――。 あんなふうにはなりたくなかった。

「ああ」
「……普通親なら引き止めるでしょう」
「多くの生命が失われていくのを見てきた者として言わせてもらうなら……、 生きていれば大抵の物事はどうにかなる、と私は思っている。 死ねばそれまでだが、 生きていればいつか、君が思い描いていたような未来も来るかもしれない」
「一騎が僕を捨てて?  ……それがあなたの望みですか?」

身内にはとことん甘い男。
戦場での命令無視は死に直結する恐れがある。 彼は総士を自分の息子が生き残るための足がかりにする気なのだ。 史彦の目論見を承知して、総士は醜く笑んだ。 史彦は何も答えない。

「じゃあ、あなたの息子をせいぜい利用させていただきますよ……、 僕自身の望みのために」

一方的な搾取など認めない。
そっちがその気なら、こっちだって捨てられる前に貪り尽くしてやるまで――。 その決意を胸に、総士は史彦の思惑に乗ったのだった。





<<    >>



史彦さん一人で最後まで総士に太刀打ちできるとは思いませんでした……。
正直、溝口さんの加勢が必要かと思ったんですが、
さすがに息子の恋愛事情に関わることに、他人を引っ張り込むのはよくないだろうと自粛。
まぁ何とか形になったのでよかったです。