彼はたった一人の名を呼ぶ 2





「今日の任務はもう終わり?」
「ええ、今日は真っ直ぐ帰ります」

CDCに顔を出すと、要澄美に尋ねられた。
ジークフリードシステムを扱うには、ファフナーやシステム本体の知識もさることながら、戦術や情報処理についても学ばなければならない。 総士は現在、元日本自衛軍に所属していた真壁史彦から戦略を、またCDCから情報処理について教えを請うている状態だった。

「ちゃんと休みなさい。あなたもお父さんも根を詰めて仕事をし過ぎよ」

教師であり、クラスメイトの母親でもある澄美には、小さい頃から知られているせいか、正直頭が上がらない。
自分のことはともかくとして、大して年の変わらない公蔵のことも説教の範疇に入るとは、女にとって男はいつまで経っても子供だということなのだろう。 CDCに配属されている女性三人のうち、既婚者は二人。 主婦の方々は、男やもめの生活状態が気になって仕方ないらしい。

「せいぜい気を付けておきます」

冷蔵庫の中にはどうせろくなものが入っていない。
今日は早めに切り上げて商店街に寄って帰るかと、予定を立てた。 どこかの誰かでないから家事は得意ではないのだが、一応は父子家庭育ち、簡単なことくらい必要上できるのである。

「その皮肉めいた言い方……。もっと子供らしくしてた方が、可愛く見えて得よ」
「可愛く、ですか……」
「付け入るだけの隙があった方が、周りも手を貸しやすいでしょう?  何でも完璧が美徳ってわけじゃないんだから。よーく覚えておきなさい」

新国連の間者が入り混じる中、弱みになるものは極力少ない方がいいと思う。
けれどファフナーに乗れない大人たちが、子供たちを犠牲にしていると、そのことに罪悪感を感じているのもまた事実だった。 生命を削って戦う子供たちに対して、大人たちがしてやれることがあまりに少なすぎる。 だからこそ、子供扱いして世話を焼きたがるのだろう。

「わかりました。ご忠告痛み入ります」
「もう、これだから可愛くないって言うのよ」

総士も一度、ファフナーに乗った身だ。
遺伝子の変質はすでに始まっている。 大人たちは酷くそれを気にしているようだった。 ファフナーに乗ることに対して何の疑問も持たず、また乗りたがったのは自分であるから、 そのことに関して総士自身は特になんとも思っていない。 すぐに死ぬわけではないのだし、今はシステムのことに頭の半分以上を占められているという有様なのだから、 確かに可愛げがなかったかもしれない。





商店街に一番近いゲートから出る。
木々の中に埋もれた建物は小さい頃、散々物置だとか発電施設だとか貯水槽だとか、適当に呼ばれていたものである。 つまり用途不明ということだった。 吹きつける風が涼しい。 地下にいては、わからない季節の変化だった。 夏の頃の勢いをなくし、黄色く変わり始めた梢を眺めた。 島の傾斜に合わせて下っていく道を辿る。

「総士、これから帰りか?」

ちょうど総士と行き交う形で、人が上ってくる。 どこに行くにも連れている彼の愛犬は、今日は一緒ではなかった。

「先輩は……」

――アルヴィスですか。
続く言葉を、総士は咽の奥に飲み込んだ。 子供たちがまだ知らないはずの、公然とした島の秘密。 不用意に口にしていいものではない。 そんな総士の気配を察したのか、僚が微笑んだ。

「ノートゥングモデルの次のパイロットに、俺が決まった」

一瞬、総士は僚を凝視した。
カラスの鳴き声がどこからか聞こえてくる。 先に禁を破った僚は、涼しい顔で総士の反応を待っていた。

「……すみません」
「何も謝ることはないだろ」
「僕の不甲斐なさが原因ですから」

総士がアインを乗りこなすことができていれば、僚が選ばれることもなかった。

「そのおかげでチャンスをもらったって思ってるよ。 俺、身体がこんなだからL計画から外されただろ。 ……医者のいない場所なんて、死にに行くようなもんだって、みんなに止められた」

みんなとは計画に参加した三年生や、遠見先生のことだろう。
島では年に何度も卒業式が行われる。 この前は一学期の終業式のときだった。 そしてそのとき、L計画に参加するメンバーの募集が行われたのだ。

「だからいいチャンスだって思った。……一昨日、薬を減らされたんだ。 もう回復の見込みがないから、治療薬を減らして痛み止めを処方するってさ……。 もう一月早くわかってれば、よかったのにな」

島の秘密を知った者は、早々に卒業し、大人たちに混じって働く。
そうするかどうかは本人たちの意思に任されているが、卒業を選択する者の方が多かった。 メモリージングを意識化した状態で、島の表に留まっている総士や果林、僚は例外的な存在である。 総士や果はまだ二年生だということもあるが、僚は翔子と同じ遺伝性疾患が原因だった。 「学生やってる方が、働くよりも気が楽だよ」と以前、言っていたのを覚えている。

「死にに行きたかったんですか?」
「まさか。……祐未の父さんに頼まれたんだ。祐未を頼むって……。結局何も、できそうにないけど」

L計画の立案者は、僚の幼なじみである生駒祐未の父親だった。
彼自身、生命維持装置がなければ生きられない身体だったにも拘らず、作戦に同行した。 「自分は最後まで見届ける義務がある、だから代わりに娘を頼む」というのが彼の言葉だった。 まだ覚醒していない祐未には、父親は病気療養で本土に行ったと伝えてある。

「このまま終わったんじゃ、祐未の父さんやみんなに合わせる顔がないだろ?」

みんなが守ろうとした島を、祐未がこれから生きていく島を守る――。

「じゃあその命、僕に預けてください。合わせる顔がない、なんて後悔は絶対にさせませんよ」

彼が島を守るというのなら、自分が彼を島へと生還させる。
この島で笑い合った笑顔が少しでも欠けたりしないように。

「いいな、それ。じゃあよろしく、戦闘指揮官殿」

いつもの砕けた調子で、彼が笑った。





家に帰ってきて、荷物を置いてから気が付いた。
商店街で買い物をするつもりが、うっかり忘れてきたらしい。 頭の動きが鈍い。 とっくに覚悟なんてできていると思っていたのに、このざまだ。 父に渡されたディスクを鞄から出す。 パソコンに接続して立ち上げた。 シナジェティックコードの形成数値、――パイロット適正データだ。 誰が死に、誰が生きるのか。 本当は誰も死なせたくなんてない。 だからこそ、知っておく必要があるのだ。 ディスプレイに光る文字。 それを見た瞬間、目を疑った。

「かず、き……」

一番死に近い場所。 見知ったたくさんの名前、最適任者の一番上に、真壁一騎の名があった。





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長っ!
でも話的には「犠牲」で一貫してるから、切るのもなんだし(というか切っても入れ込めるところが思いつかないので)仕方ないのか。
この辺から大幅に本編とは変わってきましたしね、いろいろ書くこともあったんでしょう、きっと(笑)
そういった本編との齟齬は、左右見る前に小説のプロット書いたせいかなぁと思って今チェックしたら、 将陵先輩がノートゥングモデルに乗るとか、そんなことは全く書いてませんでした。
ああ、でも手書きの書き込み部分にはあるから、予定通りってことなのか……?
そして真壁一騎、今度はラストに名前だけの出演……。
これじゃあいくらなんでも可哀想だ。
いい加減一騎も救済してあげたいのは山々ですが、現状どうにも出来そうにありません。