不燃物
アルヴィスは島の地下全土に渡る施設である。
ファフナー関連のブルクが置かれているのが慶樹島で、竜宮本島には司令部であるCDC、
さらに人工子宮コアギュラを司るアルベリヒド機関が配置されている。
総士は夏休みに入ってから、ほとんどここで暮らしているようなものだった。
食堂もあるし、仮眠室もある。
自分が家に帰らなくなってから、父もまたここに入り浸りになった。
彼の肩書きは竜宮島中学校校長であるが、
この島が完全に自給自足で外界との連絡を断っている以上、
教育委員会などあるはずもなく、表向きの仕事は少ない。
だから平時彼の手を煩わせているのは、
ほとんどアルヴィスに関することであった。
帰って仕事がはかどると、喜んでいるのではないだろうか。
総士は照明を抑えた休憩室で、リクライニングチェアにもたれていた。 手には先ほど買い求めたばかりの缶コーヒーがあり、含むと口に苦味が広がっていく。 一人でいるとき、傷跡に触れるのはもう癖のようなものだった。
『一つになろう、一騎』
島のために存在することを決められた日から、 それまで培われてきた皆城総士という境界が揺らぎ、その自我はただ無に向かっていた。 暗くて暖かいところ、カオスとか混沌とか、そう呼ばれてきた場所だ。 命はそこから生まれ、そこに還る。 争いもなく、そこでは皆がずっと共にあることができる。 島以外のために存在することは許されないと、そう教えられたから、 ただここでない、どこかへ行きたかった。
島の子供たちはミールの毒素に打ち勝つために、フェストゥムの因子を埋め込まれている。 細胞レベルで無を希求する気持ち、懐かしさ――。 そんなものに突き動かされて、一騎を同化しかけた自分を彼は拒絶し、今に至る。 そのときにつけられた左目の傷は過去に犯した過ちの証であり、 他者と自分を分ける印でもあった。 痛みで正気に返ったともいう。 死ぬ直前になって、急に命が惜しくなった。 一度自殺に失敗すると、二度と死ねないとかいう奴だ。
「この傷が僕を僕にした……」
感謝すべきなのだろうか。
へその緒を切られたようなもので、その瞬間から赤子は母親とは別の個体になる。
存在と引き換えに、自分は無との連帯を失った。
それゆえ、総士は他人と混ざり合うことができず、ファフナーと一体化することができない。
あの日、自分を救ったはずのもの――。
「今はただ邪魔なだけだ」
総士は席を立ち、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。
一騎の存在に感謝していても、ファフナーに乗りたいと思うなら、それも足枷でしかない。
そんなふうに言い切ってしまう、言い切らなければ先へ進めない、総士の弱さ。