子供みたいに声を上げて
ベルを鳴らすと、家の中で反響した音が外へと抜けてくる。
しばらく待てども、誰かがそれに応じる気配はなかった。
総士はポケットから取り出した鍵で、勝手に引き戸を開けて、中に入る。
後見人という名目のもとに、皆城家が管理しているものだった。
玄関先から見える庭は雑草に侵食されて、物干し台の周辺しか機能していない。
家の大きさに比べて物が少ないせいか、人の住んでいる痕跡そのものが希薄だった。
半年ほど前までは二人で暮らしていた家に、果林は現在一人で暮らしている。
アルベリヒド経由で彼女の面倒を見ていた、蔵前の養母が亡くなったあと、
果林は皆城家の世話になりながらも、元の家で生活を続けていた。
クラスメートたちは蔵前の親がいないことを知ってはいても、 そのことを深く詮索したりはしない。 フェストゥムとの戦いで伴侶をなくした者も珍しくはないし、 アルベリヒド機関の里子政策は、未婚者にもその資格を認めている。 片親だけという子供も多いため、 それが話題になることも、そのせいでいじめにあったりすることもなかった。
果林はそんな彼らの常識に合わせて、肩身の狭い間借りの子供を演じていた。 何か不都合があれば、おじさんがダメって言うからという逃げ口上が使える一方で、 親のいる彼らの中で引け目を感じない程度に、その保護者は寛容でもある。 少し厳しいところのある足長おじさんに近く、傍目にはとても幸せそうに見えた。 蔵前果林は周囲に同調しすぎる嫌いがある。 この家には彼女以外誰もいない。 果林の後見人を実の父親に持つ総士は、 彼女の口から出てくる話が、ほとんど嘘であることを知っていた。
二階もあるが、上と下を行ったり来たりするのはあまりにも非効率的なので、 一階の方だろうと見当をつける。 部屋の中をいちいち覗いていった。 居間からそう離れていない部屋のドアノブを回すと、抵抗がある。 鍵がかかっていた。
「蔵前、そこにいるんだろう? こんなところにまで事情聞きにやらされて、僕はいい迷惑だ」
始業式の日、果林は学校に出てこなかった。 大人たちは、子供の問題は子供同士で解決すべきだと考えているが、そんなものは詭弁に過ぎない。 果林が何かに悩んでいるとすれば、それはアルヴィスやファフナーに関することであり、 必然的に彼女の言葉は大人たちを非難するものになるだろう。 それを聞きたくないのだ。 そのために両者の間に立たされる総士は堪ったものではない。 彼の苛立った調子に、扉一枚隔てたところから声が返った。
「……ごめん。でも学校に行きたくないのよ……。
私たち、のんきに学校行っててもいいのかな?
本当はもっと別に、訓練とか戦闘とか、しなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
「蔵前、戦うだけがアルヴィスの存続意義じゃない。
非常事態以外は、第二種任務が優先だ」
「じゃあなんでこの島は平和なのに、
どうして私たちがファフナーに乗らなきゃいけないのよ!?」
この島の常識で以って諭した総士に、果林はそう叫んだ。 理由はただ一つ、いずれ危機が来ることを予測しているからだ。 だから戦うための力が必要だった。
「隠れることは何の解決にもならない。 蔵前がここでこうしていることもそうだ。 この世界にフェストゥムがいる、それは変えようのない真実でしかない」
彼女は勘違いをしている。 ファフナーに乗るのは「私たち」ではなく、果林一人だ。 総士は乗れない。いざというとき彼女の力になることはできない。
「わからない。……私、言っちゃうと思う。この前だって、必死に我慢してた。 みんな、に会ってアルヴィスのこと……、言わないでいられる自信なんてない……」
ぽつりぽつりと消え入りそうな声で彼女は話した。 扉に背を寄せて、泣いているのだろう。 果林がなぜそんなところで躓くのか、総士には理解ができなかった。 自分の弱さを、こんなはた迷惑な方法で、周囲に知らせるほど恥ずかしいことはないし、 総士が来なければ、彼女の不満は黙殺されて終わりだった。
「……預かってきたプリントはここに置いておく。 また明日、迎えに来るから」
床の上に直接渡されたプリントの束を置いて、 総士は家の外に出た。 正式な依頼ではなかったが、パイロットの精神状態もまた貴重なデータだ。 報告書には何て記載しようか。 夏休みが終わって二日目。 家路につきながら、そんなことをつらつらと思っていた。
日常と非日常。
アルヴィスに同調しすぎて、日常復帰できない果林の話でした。
『003 嘘』と微妙にリンクしてますが、
果林の性格は捏造過ぎて自分でも本当にどうかと思う……。